シンガポールの歴史~これだけは押さえておこう編~
みなさん、こんにちは。
先日のはてなブログでは、シンガポールの地理的情報をお届けしました。
今日は、シンガポールの歴史をお届けします。
シンガポールという国は、近年の急速な発展によって注目が集まっているというのは、間違いはないと思いますが、シンガポールの歴史を振り返ると、シンガポールという国は昔から注目されている国なのです。
そして、シンガポールの歴史を知らない人は多いと思います。
では、シンガポールの歴史を知ってなにかメリットはあるのか。
あります。断言できます。
良くも悪くもシンガポールと日本のつながりがあるからです。
日本人として、知っておかなければならないことがあるからです。
加えて、シンガポールという国はなぜ発展できたのかが、歴史を見ればわかるからです。
ここでは、一つ一つ詳しい歴史の出来事は書きません。(次回もう少し詳しくかいていきます。)
そのかわり、いかにシンガポールという国は昔から世界中の人に注目されてきたかを歴史的にひも解いていきます。
前置きが長くなってしまいましたが、今日は3つの観点から書いていきます。
①シンガポールは昔からアジアのハブであったのか
- みなさん、まずシンガポールの位置は把握できていますか?そう、シンガポールという国は、ちょうど船便の中継港としてちょうど良い位置にあるのです。
- それゆえに昔からいろんな人が、この地で争い、支配を繰り返していました。(詳しいことは次回書きます。)
- 特に大国で初めてこのシンガポールの地理的重要性に注目したのがイギリスです。シンガポール建国の父とも呼ばれるイギリス人のラッフルズがシンガポールの開拓を進めました。
- その後イギリスの元、シンガポールはその地理的優位性を活かされ、イギリスの植民地ではありますが、発展していきました。
- その地理的優位性により、イギリスの東南アジアの植民地拠点となりました。
昔の人もシンガポールの地理的重要性に気づき、シンガポールを利用しようと考えていました。
そのシンガポールという国の地理的優位性を最大限に生かしたのが後述のリー・クアンユーだと私は思います。
②日本とシンガポールのつながり
日本とシンガポールは切っても切れない関係にあります。
それは、第二次世界大戦中に、日本がシンガポールを占領したことです。
この占領について簡単に以下にまとめさせていただきます。
- 第二次世界大戦中の1942年、日本軍はシンガポールを陥落させました。日本軍は、抗日分子として中華系住民を大虐殺しています。シンガポール側によれば、5~10万人とも言われています。
- シンガポールはイギリス海軍の東南アジアの植民地拠点として、陸軍を駐屯していました。そこを叩くことで日本軍は、イギリス軍に大打撃を与えようと考えたゆえに実行されました。
- 占領後は、日本風の名前としてシンガポールは「昭南島」という名前がつけられました。
この事実は、あまり知られていないことです。
特にこの事実はインターン参加者も知らない人も多い、おそらくほとんどの学生が知らないと思います。
しかし、私たち日本人は(特に私を含め若者は)その事実を知っておかなければならないと思います。
戦争のキズというものは永遠になくなることはないと思いますが、そのキズを知ることは今を生きる私たちができることです。
キズを知るというのは、決して消毒液でキズを癒すという単純なものでなく、キズ跡を見てなぜそのキズができたのかということを知ることだと私は思います。
つまり、それが歴史を知るという行為そのものだと思います。
③シンガポールの今昔
シンガポールという国は、昔から注目されてきたとここまで豪語してきましたが、昔は本当に貧しい国でした。
真の意味で、その地理的優位性をうまく生かし、発展してきたのはここ最近の話です。
シンガポールの建国から今日まで、軽く歴史を振り返ってみましょう。
- 第二次世界大戦終了後、日本の敗戦とともに、旧宗主国のイギリスに統治権が再びわたりました。しかし、地元住民の反感は大きいうえに、イギリスは先の大戦で疲弊していて、このマレー半島に兵を送る余裕がありませんでした。
- その後、独立運動の成果が実り、1963年マレーシア連邦として独立しました。マレーシア連邦内で、与党と野党の対立が激しく、ついに与党である統一マレー国民組織と野党であるシンガポールの人民行動党がお互いの政治基盤を奪いあう選挙戦によって関係がより悪化してしまいます。
- 1965年、ラーマン首相とみなさんご存じのリー・クアンユーの両首相の合意の元、シンガポールはマレーシアから追い出される形で分離独立を果たしました。
- その後リー・クアンユーの強力なリーダーシップの元、1970年代から、目覚ましい高度経済成長を示し、国際金融センターとして発展。ここから、真の意味でのアジアのハブとしての役割を最大限に利用してきたことがよくわかります。
その後はみなさんご存じの今のシンガポールです。
この間にも幾多のストーリーがあって今のシンガポールができあがっているのは間違いないのですが、そこまで書いてしまうとよくわからないことになるので、割愛させていただきます。
シンガポールという国または地域の誕生については次回書いていきたいと思います。
時系列が真逆ですが、今回は先にざっくりとこれだけは知ってほしいことを書かせていただきました。
もっとシンガポールの歴史を知りたいという方は、次回のブログをお楽しみに。
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LeaGLOメディア事業部
岡本
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